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1) 歴史

数千年前のオーストラリアのアボリジニの人たちや中米の古代マヤの人たち。

仔細な自然観察力に長けていました。

彼らは、すでに傷の治療にウジ虫を利用していたそうです。

また、ナポレオン戦争や南北戦争の数名の従軍外科医たちは戦場の負傷兵を見て気づきました。

「傷にわいたウジ虫は有害ではなく、かえって傷を速く治しているようである」、と。1)

1930年代には、医師のWilliam Baerが医学的な治療法としてマゴットセラピーをゼロから確立しました。2)

彼もまた、第一次世界大戦での従軍医としてウジ虫の衝撃的な有効性を目撃したのです。

その後11年間も悩んだ末、小児の難治性慢性骨髄炎に対して正式に臨床応用をしました。

当時の医療水準では、外科的な治療法以外に有効な手段がなかったからです。

実は、彼は米国ジョンズ・ホプキンス大学整形外科の初代教授なのです。

この先生の献身的な努力なしに現在のマゴットセラピーはありません。

そのおかげで、1940年代は北米を中心に約300の病院で急速に普及しました。3)

しかし、1942年にペニシリンが精製され、第二次大戦末に多くの負傷兵らの命が救われました。

感染症ならびに慢性創傷の治療は抗菌薬によって飛躍的な進歩を遂げたのです。

そのため、マゴットセラピーはほとんど行われなくなりました。

ところが、その後間もなく抗菌薬が効かない耐性菌が次々と現れました。

なぜなら、細菌は私たち人類の知恵を常に上回る生命力を持っているからです。

そこで、1990年代にマゴットセラピーが現代でも有効か否か再検討されました。

その中心になったのは、カリフォルニア大学のR Sherman教授らのグループです。

すると、従来の治療法と較べて傷を速く治す効果があることがわかりました。4)5)

Sherman先生は、Baer先生の気高い意志を継いで現代のマゴットセラピーの普及に力を尽くしました。

(http://www.bterfoundation.org/maggotrx)

その結果、2004年には米国FDA(日本の厚労省に相当)でmedical deviceとして正式に認可されました。

(https://www.accessdata.fda.gov/cdrh_docs/pdf10/k102827.pdf)

日本では、2004年にマゴットセラピーが初めて行われました。

岡山大学心臓血管外科前講師の三井秀也らのグループです。6)

当時、血液の流れが悪く、足にできた潰瘍が感染をおこした患者さんが入院中でした。

大学病院で可能な最先端の医療が次々と行われましたが、すべて無効でした。

もはや、足の切断しか選択肢は残されていませんでした。

しかし、「それだけは何とかして避けたい」と患者さんが強く希望されました。

そこで、オーストラリアから空輸したマゴットを用いてみました。

すると、それまでびくともしなかった足の潰瘍がみるみるうちに良くなりました。

最終的には、自分の足で歩いて退院されました。

三井先生は、その後岡山でマゴットの生産会社を初めて設立し、日本のマゴットセラピーの先駆者として礎を築きました。

■マゴットちゃん③.png

​2) 世界の現状

現在は、創傷治療に関して医療技術や医薬品はますます専門化、高度化しています。

それに対し、マゴットセラピーはあまりにも原始的な治療法です。

にもかかわらず、安全で有効な創傷治療法として欧米、東アジアなど世界30カ国以上で用いられています。

(http://biotherapysociety.org/maggot-debridement-therapy-mdt/)

実際、海外ではいろいろな疾患に幅広く使われています。

糖尿病性足潰瘍、褥瘡、下腿潰瘍、慢性骨髄炎、感染をともなう術後創、激しい外傷、切断端などです。

その中で最も多いのは糖尿病性足潰瘍です。それも足の切断を検討された場合です。

現代の最先端の集学的な治療法でも難しい例です。

これだけでなく、他の治療とうまく組み合わせて活用することが大切です。

あくまで現存の治療法を補うための補助的治療法です。

ただし、すべての人の足の救済ができるわけではありません。

残念ながら限界はあります。過大な期待や扇情的な態度は禁物です。

3) 日本の現状

日本でも2004年以後岡山で始まり、その後各地で使われています。

しかし、実際に必要とされる患者さんから考えるとまだまだ少数です。

というのも、自由診療のため本来は安価な治療法1) であるのに医療費は高額になってしまうからです。

結果として、普及の鍵となるはずの大学病院などで行うことは困難になっています。

■マゴットちゃん④.png

​4) 農業利用

近年では受粉用のミツバチが不足しています。

そこで、ヒロズキンバエは日本の農家でイチゴやマンゴーの受粉に有効に活用され始めています。2)3)

​花粉媒介のページを御覧ください。

1) Thomas S : Cost of managing chronic wounds in the U.K., with particular emphasis on maggot debridement therapy.

J Wound Care 15(10):465-469, 2006.

2) 西本登志, 皆巳大輔, 東君枝, 安川人央, 矢奥泰章: 花粉媒介昆虫の違いがイチゴの収穫量と奇形果率に及ぼす影響, 並びに開花までの花蕾

の覆いが ‘熊研い 548’の果実の形状に及ぼす影響. 園芸学研究13, 446.2014

3)花田惇史, 吉田裕一 et al :ミツバチの代替ポリネーターとしてのヒロズキンバエの利用. 園芸学研究 15.2: 161-169. 2016.

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